まだ生きてるの

精神・内科病院で働く療法士の、ADHDや鬱・パニックあとなんでもない毎日の整理。

通院に至るまで

今日の体調。

体重は測れてないからまた測ろう。

お昼はカロリーメイトとアイスを食べた。

それで月のものが来たので痛みと怠さで昼から寝ていた。

授業は午前のみだった。

脈拍は午前中触診で98bpm/min。ちょっと頻脈気味。

あれの関係もあるのだろうと思ってあまり気にしないようにした。

 

 

初心を忘れないように、通院に至るまでを

書いておこうと思う。

 

 

ADHDを知ったのは高校生の頃。

元々だらしがない性格で片付けなんかも苦手で、

毎日忘れ物をしては立たされ、空気もいまいち読めてないし

言われてる事も理解するのが遅くて呆れられ、

大人に叱られながら生きてきた。

 

大人は嫌いだった。

 

変なこだわりがあって完璧主義な癖に、

あれこれと注意が散るから手をつけては放置して

何一つ完璧にはなれなかった。

自分の失敗や間違いを認めるのも苦手。

性格のことでは今も親に叱られっぱなしで情けない。

 

 

妙に芸術面や運動面では評価されることが多くて、

音楽、絵画、作文、スポーツは得意分野だった。

どれもやり遂げたと思えたことはなかったけど、

大会に出たり、賞をとったり、部長やエースをさせてもらった。

好きなことはコツコツ取り組めるので、それもあると思う。

周りからみた私は 真面目で大人しい、怖いもの知らず だった。

 

 

常に大人や周りの目を気にして生きているのになあ。

自分には苦手なものも多すぎて、普通には生きていけないと思った。

みんなが普通にしている事もあまりうまくできなくて悔しかった。

努力をあまりせずに生きてきたと思っているけど、どこかで

うまく補いながら、周りに助けられながらやってこれたんだと思う。

 

 

自分が周りと違うと初めて自覚したのは5歳だった。

周りの女の子がお人形で遊んだりままごとをしている時は

一人で木に登っていた。

ジャングルジムから飛び降りて怪我をしたり

滑り台から飛び降りて頭をうったりした。

中学までは「変な子」と、面白がられていた。

辛い事もあったけど友達がいたから平気だし楽しかった。

嫌味を言われた事も今まであったんだろうけど、

鈍感で冗談や嫌味の違いもよく分かってないからスルーできたのだと思う。

 

高校からは怪我の事もあり医療系へと進路を固めた。

勉強は得意ではなかったが数学も居残って、補習など受けながら頑張った。

人間関係で苦労し始めたのは高校からで、

部活でもクラスでもうまく馴染めずにいた。

ADHDをネットで知り、自分の今までの生き方と酷似していて、

もしやと思った。でも現状から逃げるような気がして嫌で、

受診には至らなかった。

 

 

無事に医療系の学校へ進学した私は、

病院実習を年に何回か行う事になった。

今年は最後の実習でもあるため2ヶ月×2の実習だった。

いち社会人としての動きも必要だった。

今まで守られていた状況とは一変した。学生として守られてはいるけど。

そこで私のいろいろが壊れてしまった。

 

過度に緊張することは昔からの癖だったけど

今年の5月、6月は常に緊張した状態が続いて

なにもない所でも動悸や息切れ、発汗などのパニック症状が現れた。

初めは自律神経の失調と考えて

「薬とかなんか処方してくれるだろ、そうすれば楽になるはず」

といった気持ちで父が薦めてくれた心療内科を受診した。

 

 

ここでADHDとパニックであると診断され、通院することになった。

色々あったけど自分を変えるきっかけにもなったと思う。

まだ良かったとはいえないけど。

 

受診してからのことはまた書くかもしれないし

書かないかもしれない。

 

とりあえずお茶飲も。